高橋萬治( 本名:萬次郎 ) 西元1880年(明治13年)3月8日生於南岩手郡志家村生姜町(
現:盛岡市南大通一丁目 )。

高橋萬治(1880年~1942年)南部鉄器の名工,祖父の高橋松之助於5代小泉仁左衛門
賜名「萬治」の名,高橋家では代々「萬治」を名乗。

高橋 萬治(3代) 作品 -
岩手県立美術館
收藏 

1914年(大正3年)6月,第43代当主南部利淳が南部鉄器の品質向上を目的として,盛岡市愛宕山南麓に南部鋳金研究所を設立した。

東京美術学校(現:東京藝術大学)を卒業し,中央で活躍していた松橋宗明が所長に招かれ,高橋萬治,宮寿,内藤次郎ら優秀な技術者が所員となる。研究所では鉄器の品質に関する規定を定め,萬治らの審査をへて,合格した作品にだけ登録商標の貼付を許可した。そのため品質の良い南部鉄器が市場に出回るようになる。

大正9年の全国金工品共進会での技術賞一等賞受賞,1922年(大正11年)10月,萬治は松橋が死去したため職長として鑄金研究所を継承,鉄器製作の技術指導に努め,多くの後継者を育てた。また多くの作品を手がけており,戦争時に供出されたため今はないが,高松池畔に設置された約3.3メートルの横川省三銅像も萬治の鋳金による。

南部鋳金研究所時代,萬治は松橋の片腕として,その卓越したデザイン,技法をあますところなく造形した。またその職人肌の仕事ぶりから,「理論」の松橋に対し,「実践」の萬治とも言われている

一体感があり美しい姿の鉄瓶です。

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雲色 ・蔵悅

雲色 ・蔵悅---日本鐵壺 ・銀壺・中囯宜興・紫砂壺の茶道 · 鐵壺年代

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