






経済産業大臣指定伝統工芸品 東京銀器 造形部門の「伝統工芸士」石黒 昭雄(号 光南 )氏の純銀と急須です。

鍛金 二代 石黒光南 (本名 石黒昭雄)昭和17年 埼玉県浦和市生まれ。伝統工芸士初代光南に師事し、その技術技法を修得。玉霰製品、打出製品を制作する。昭和62年 東京都知事の表彰を受ける。平成2年 通産大臣指定の伝統的工芸品である「東京銀器」の伝統工芸士に認定される。平成4年 東京都知事より東京都伝統工芸士に認定される。平成12年 東京都知事より東京都技能継承推進者に認定される。台東区伝統工芸振興会会員、鍛青会会員、文京区伝統工芸会会員 日本伝統工芸展 入選伝統工芸新作展 入選金工展 入選各コンクールにおいて東京都知事賞東京都労働経済局長賞伝統工芸品産業振興協会会長賞台東区長賞その他 各賞受賞
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優雅な光沢と精緻な細工が魅力の東京銀器。石黒さんは銀器作りに40年近く取り組んできた高い技術を持つ職 人です。石黒さんはより多くの人に東京銀器の魅力を伝えていきたいと考えています。
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東京銀器 伝統工芸士 石黒昭雄氏
PROFILE 昭和17年埼玉県浦和市生まれ。伝統工芸士初代光南 に師事。平成2年通産大臣指定の伝統工芸品である 東京銀器の伝統工芸士に認定される。東浦銀器製作 所の代表取締役として5人の職人と共に金銀器の制 作を行っている。
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鍛金職人を仕事として選んだのはなぜですか。
石黒 銀器の製造が家業だったので、子供の頃からよく分業 先の業者の所へお使いに行ったり、技術的な手伝いをしてい ました。その頃は家業を継ごうという考えはなかったのです が、仕事の流れや銀器業界についての理解、基本的な技術な どが自然と身についたと思います。 父が体を悪くしたことから、大学卒業後家業を継ぐことにな りました。ここからが本格的な修行です。職人としては遅い スタートとなったので、技術をできるだけ早く身につけよう と厳しく余裕のない修行となりました。
●高度な技術で銀の魅力を引き出す
東京銀器はどのようなものなのでしょうか。
石黒 日本はもともと金属加工があまり盛んではなかったの ですが、南部の鉄器、高岡の銅器などがよく知られています 。これらは鋳金といって金属を溶かして、型に流し込んで形 作る技法によるものです。これに対し、鍛金は金銀の板を金 槌で打って鍛え、伸ばしたり絞ることで形作る技法です。こ の技法は東京銀器と燕の銅器に使われています。 鋳造で作られたものは重くて厚みがあり、強く叩くと割れて しまうので、鋳造後の加工方法が限定されてしまいますが、 鍛金で作られたものは軽く、加工しやすいという性質があり ます。 東京銀器は一枚の銀板を槌で打ち、のばし、絞って形作った 上で、表面に模様を刻みつけた金槌で打って模様を打ち付け るという作業を通じて作られます。このような高度な技術に よって作られた銀器は、銀の良さが最大限活かされており、 優雅で長持ちするのが魅力と言えるでしょう。
●時間と手間のかかる仕事
鍛金の仕事の内容を教えてください。
石黒 銀器の業者の中にはトロフィー等単品しか扱わないと ころもあるのですが、私の会社では単品ものや特別注文品も 受けていますので、その時々で作る物が変化します。ただし 、鍛金作業そのものは金属板を熱して槌で叩くことの繰り返 しであり、一つ一つの作業に時間がかかるので、1日中打っ てばかりとか同じ作業をしていることが多いです。 大きい物が時間がかかるのは当然ですが、ぐいのみのような 小さな物でも模様が複雑なものは一つで2~3日もかかりま す。また特注品や工芸品のコンクールへの提出品などは数カ 月かかるなど、大変時間と手間がかかります。
仕事上心がけていることはどんなことですか。
石黒 あくまでお客様に買って使っていただける商品として 作るために、一定のレベルの商品を一定の時間に作ること、 商品としての安定度が要求されます。ある時はすばらしい物 ができるのに出来が悪い時もあるとか、同じ会社の物なのに 職人によって出来栄えが違うというのでは、会社の評判に響 いてしまいます。
●魅力あるもの作りの難しさ
仕事で苦労されるのはどんなことですか。
石黒 作家であれば自分が表現したいものを作るということ になるのでしょうが、私たち職人はあくまで商品を作るので すから自分の趣味だけにこだわるわけにはいきません。東京 銀器は伝統工芸品なので、そこからあまり離れるのもどうか と思います。 今は生活様式の変化により銀器自体の需要が減り、うちの会 社でも銀器の仕事の占める割合が下がっています。昔は問屋 や小売店から「こんな物を作ったら」と言われ、こちらは製 品を作ることに専念できたのですが、今は問屋や小売店の元 気がなくなってしまったので、デザインから、制作、販売ま で自分一人でやっていかなくてはいけません。そんな中でお 客さまに好まれるもの、買いたいと思っていただける魅力あ るものを作っていくのは大変な苦労です。技術的な面だけな ら自分の努力でなんとかなるのですが。
●世の中にないものを作るのは大変なやりがい
やりがいを感じるのはどんな時ですか。
石黒 年に何回か特殊な銀器の注文がある時です。そんな時 は一から研究し、何カ月もかけて仕事をします。世の中にな いものを作るということは大変なやりがいがありますね。こ のような仕事がうちに来るのはそれなりの評価があってのこ とだと思います。自分の身になることを仕事として行うとい うことは、力の入れ具合も違いますし、とても幸せなことで す。
今後の目標や課題を教えてください。
石黒 いろいろな方に東京銀器の良さを知っていただき、生 活の中で使ってほしいと思います。そのきっかけ作りになれ ばと、全国各地で伝統工芸展などを行っているほか、ドイツ の銀器の国際見本市に出展するなどの取組みをしています。
これから鍛金職人になりたいという人へのメッセージをお願 いします。
石黒 このところ職人になりたいという人が来ることが増え ました。技術習得の修行については昔のように「先輩の技術 を見て盗め」という時代ではなく、手取り足取り教えるよう になってきました。教えられる人にとっては良い時代になっ たのではと思う反面、昔のように育つまでじっくり待つほど 余裕がない時代なのかもしれません。また手仕事なので、本 人の天性に左右される部分も大きいです。代々受け継がれて きた技術を伝えなくてはという気持ちは強いのですが、銀器 業界自体の置かれた状況が厳しいので、技術を習得したとし ても就職、独立は簡単ではないということを知っていただき たいと思います。
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| 職人名 |
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石黒昭雄(いしぐろ・あきお) |
| 職人区分 |
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| 雅号又は銘 |
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光南 |
| 生年月日 |
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昭和17年4月2日 |
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| 職種(種) |
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鍛金 |
| 作品(アイテム) |
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| 技数(積) |
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弟子入りしてから手伝えるような状態になるまでの期間 盃程度で5年ぐらいと思いますが、これは人によって違います。感覚や持って生まれた能力などで異なります。いくらやっても駄目な人はいます。 全てをマスターするには10年以上かかります。 技術だけ覚えたからと言って出来るもでもありません。きっちりとたたみ込んで覚えていく事が結局大切です。作る種類によって同じ物でもその技術の全てが変わってきます。 修理などもあり、全てに通じていなければ職人ではなくその人は作家しか道はありません。又、産業美術工芸の分野にまで広がっていきます。しかも一つを完成させる時間も他の職種と比べ製作日数がかかり、失敗したからといってやり直しが効かない等時間手間がかかります。又、鍛金や彫金は需要が少ない狭い世界ですから技術を学ぶだけで職人として通用するという程甘い世界ではありません。 |
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技の種類や工程 金属工芸の粋と言われてきた東京銀器に区分されますがここでの技術は大きく分けて3種に分かれます。私が行う鎚で平らな銀板を打ち出して立体的なものにしていく鍛金、そして文様をタガネで彫る彫金、絵柄の部分を切り抜き赤銅、四分一など別の金属を嵌め込む切嵌(きりはめ)などがあります。 素材の銀は90%以上のものが使われる大変高価なものです。金などで行う場合もあります。鍛金の技術は地金取りから始めます。なまし、鎚しぼり、ヘラしぼり、模様打、彫金、切嵌、ロウ付け、仕上げなどの順に必要な工程を行います。その都度仕上げによっても作業は変わってきます。 |
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| 現在の立場(役) |
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生涯現役 |
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今は茶器などは少なくなりました。作る時の形の美しさと品格に大変気を使いながら作っています。特徴と言うよりお客様に喜んで頂いているところは、作品のバランスです。また霰に興味があるとか色気がある等もよく言われます。 |
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東京銀器の代表とも言える産業美術系職人である。 茶釜もやかんも驚く程のハイグレードな美しさで、何故か色気を漂わせる理屈抜の鍛金の代表格。作品は一枚の板を打って形を作り、独自の技術でさらに打ち出され整然と並ぶ霰(細かい凸起部)は技術的にも驚嘆に値する。 名工の名をほしいままにした父に、石黒氏は師事し腕を磨いた。父の時代とは多少技術的には違うが、昔ながらの技は父に及ばないと言う。父から継承した完璧を追求する姿勢はぐい飲みなど安価な物の技にも現れる。内側の打目を滑らかにする為に二重にしている。しかし最近では手作りの良さを出す為に、打ち目を少し残しておいたほうが良いのかもと語る。現在の石黒さんの作品には打ち目すら感じない磨きがかかり、完璧な仕上がりとなっている。こうした技術を使って工芸展の作品を作るとなると、金工は、他の職種と違い作品ひとつひとつに時間がかかり、何ヶ月もかかりっきりになる関係から当然仕事も出来ず、又、何度かやり直しをして良い物をと言った他の職種のような事もまったく出来ない。従って始めたものが常に決定作品となる。作品を作る職人の苦労は大変であると思える。 昔は作る先から売れてしまう時代があったが、遥かな夢となりましたと結んだ。石黒氏の作品は業界全体に影響を与えている。
■ 歴史 江戸時代に多彩な技術、技法が確立された。
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◆石黒光南造 純銀製 玉霰湯沸銀瓶 在刻印 共箱 389.5 g◆
底面「純銀」、蓋裏「光南」在刻印、共箱の名工「石黒光南」玉霰湯沸です。
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