鉄瓶の歴史は約250年程ですが、加賀の宮崎家ではそれより以前から手取釜という名称で鉄瓶様式の釜を製作しています。
今回の展示では、歴代の宮崎寒雄の作品をはじめ木越三右衛門や横河九左衛門など、加賀の名工の作品を充分にお楽しみ下さい。


龍文堂は、初代が四方龍文と称し、明和元年(1764)ごろ、京都で蝋型鋳造によって鉄瓶を作る事を創案しました。
二代の門人に近江の亀文堂及び京都の秦蔵六があり、それぞれの歴代が名品を残しています。


鉄瓶のルーツは手取釜で16世紀には茶道で使われています。
現在の鉄瓶の名称が初めて使われるのは煎茶が始まった18世紀の末頃で、その頃初代龍文堂が蝋型で鉄瓶を造って名声を博したとの記録があり、また大西浄雪や奥平佐兵衛など茶道の釜師も家元のお好みの鉄瓶を作り始めています。
明治16年発行の「都の魁」には鉄瓶を造る業者として、龍文堂・大西浄寿ほか数社が見受けられ、京都で盛んに鉄瓶が作られたことがうかがえます



高岡では、明治から大正・昭和はじめ頃にかけて銅器製品では、火鉢や瓶掛を主な製品として全国に向けて多数出荷されており、それに伴い高岡鋳物発祥の地である金屋町を中心に鍋・釜とともに鉄瓶が盛んに造られていたという記録があります。
今回は、 金森太吉・金森佐兵衛・畠春斉などの名工の共箱の作品をはじめ、在銘で製作者がわかる作品を集めて展示します。


創作者介紹
創作者 雲色 ・蔵悅---日本鐵壺 ・銀壺・中囯宜興・紫砂壺の茶道 · 鐵壺年代 的頭像
雲色 ・蔵悅

雲色 ・蔵悅---日本鐵壺 ・銀壺・中囯宜興・紫砂壺の茶道 · 鐵壺年代

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